Plot Art School

第2期 成果展

ドッペルゲンガーへの抵抗

トミコ、根来真輔、平岡真生、松本悠、吉田晴彦

キュレーター|大越円香
主任講師|山崎裕貴

 2045年には人工知能が人間の能力を超え、シンギュラリティーにより人間の脳の模倣や不老不死が実現する、といわれている。あるいは、人間の身体の拡張としてサイバネティックアバターが利用され、新しい「自分」が作られるともいわれる。それはまるでドッペルゲンガーのような存在ではないだろうか。ドッペルゲンガーは自分の分身であると同時に、不幸の前触れでもある。また同時に、この例えはシンギュラリティーそれ自体が幻想である可能性を示唆する。このような両義性をもつ存在が未来に現れ訪れたとき、私たちは「この自分」を証明する術はあるだろうか。

 本展では、それぞれ5名の作家が自分自身のドッペルゲンガーと対峙している。私たちがこの場所で試みているのは、ドッペルゲンガーから「この自分」を引き剥がし続けるための芸術である。作家が自身のドッペルゲンガーに対峙し、あるいは時に混濁していくことから制作が始められた。制作を通して自身を確立させると同時に、世界と自分を接続させる。この一連の再構築の過程を「抵抗」とする。Plot Art Schoolで学び、制作した受講生たちによる本展を「ドッペルゲンガーへの抵抗」と呼びたい。

キュレーター|大越円香

会期|2022年3月29日(火) ~ 4月3日(日)13:00-19:00

イベント|4月3日①講評会 14時〜17時 ②交流会 18時〜19時

場所|galleryMain
主催|Plot Art School(合同会社galleryMain)

A

Objectscape

根来真輔

 私は長年流通業に携わっており、海外から輸入した原料、商品などの企業への販売や、製造者か ら仕入れた商品の海外輸出をしています。基本的にはオフィスで電話、メール、ファックス、SNS などの通信手段を利用し、引き合い商品のリサーチから仕入先/販売先の開拓、物流などをコー ディネートし、品物を右から左へ動かす仕事です。
 この仕事をしていると、製造者、中間業者、物流業者、ユーザーと対面することなく、そして、商 品を自身の目で確認することもなく、ただ通信機器でやりとりしたテキストや画像、音声、それ らに関連するデータ化された書類、そしてデータ化されたお金の動きだけで、現物が製造から ユーザーまで届く一連の流れに、私の視点からは、すべてが実体を伴わず現実が動いていることに 奇妙さを感じ、現実や存在とは何かというメタ的な視点を生む機会をもたらせてくれます。 またパンデミックもともなって、プライベートでも実体を伴わない生活が浸透しつつある中で、リ アルなモノへの希求からか、存在確認の無意識的な欲求なのか影を意識するようになりました。
 この作品は、私的なモノや日常生活で身近にあるモノの影を撮影した作品です。 影は物体によって光が遮られることで、光の届かない支持体に黒く浮かび上がる像です。言い換 えれば、影となる像はそこにモノが存在するという証でもあります。一方で、対象物の情報が削 ぎ落とされ、ミニマルに抽象化され影となった像は、その情報量の少なさによって存在の不確か さに繋がる印象を与えます。
 オンラインで購入(流通)が可能な状態に置くことで、その対象物自体を認識することが可能と なることを示唆するこの作品は、そのモノの存在感がより一層際立つと同時に、影という不鮮明 なイメージとオンラインという環境も相まって、真偽についての疑念を抱く感情も立ち上がりま す。
 無意識に頭の中で繰り広げている、イメージ(概念)としてのモノの存在と、実体を伴うアクチュ アルなモノの存在の分離と統合に対して自覚的になる作用をもたらしてくれるこの試みは、より丁寧に世界の事象を捉えるきっかけを私に与えてくれると思うのです。

Media

インクジェットプリント、紙、インターネットメディア

 Profile

1973年生まれ
写真表現大学、TRACTにて写真表現を学び、認識や実存をテーマとした作品制作に取り組んでいる。
主な展覧会
2015年 「REALITY」 ブルームギャラリー/大阪

キュレーター|テキスト

根来真輔は、「存在」をテーマに作品制作を行ってきた。今作では、根来が選択した日常的なモチーフをフリマアプリに出品することで、根来自身の一つ一つの物に対する「記憶の中の自分」と消費構造を交錯させる。アプリを介し、顔の見えない相手とやり取りが発生することで、物と人、人と人、それぞれのアイデンティティが根来の元で再構築される。

B

Familiar Strangers

吉田晴彦

 グレープフルーツ(学名:Citrus x paradisi、英: grapefruit)はミカン科(APG分類のミカン科)の中高木。あるいはその果実。別名ポメロ(pomelo)。またトローニャ(toronja)やパンプルムース(pamplemousse)と呼ばれることもある。亜熱帯地域原産の植物であるため、生育には高温が必要で、日本では限られた地域でしか収穫できない。

 17年間育て続けたグレープフルーツが帰国すると母親に捨てられていたという事実を知った。そしてその鉢にはガジュマルの木が生えていた。
 グレープフルーツの木は保育園のおやつに出された果実から取ったものだ。興味のあるものをなんでも拾って帰る僕の収集癖を両親は嫌っていた。ゴミが増えるからだ。そして僕の家族は転勤族だったから友達と呼べる人物はなかなかできなかった。本やおもちゃ、そして僕の宝物も捨てる必要があった。余計だからだ。
 しかし僕はグレープフルーツだけは引越しのたびに邪魔にならないようにいつも短く剪定し持ち運んだ。グレープフルーツは大きくなりたかっただろうにどう思っているのだろう。
 種を植え十数年が経ち、その頃家族は京都に定住を始めた。ようやく僕に友人ができた。グレープフルーツもベランダの天井にくっつくほどに大きく成長した。毎年春には蝶が来た。
 でももうそこにはグレープフルーツはいない。鉢には見知らぬ他木がいるばかり。一体あのガジュマルはなんなんだ!

Media

ガジュマルの写真、ガジュマルの木、鉢、錆びた有刺鉄線、モニター、家族写真

 Profile

東京都練馬区出身
2020年 同志社大学 卒業

キュレーター|テキスト

吉田春彦は、幼少期から思春期にかけ共に生活をしながら育てた「グレープフルーツの木」に対する執着を今作にぶつけた。吉田は木の細部の解像度を落とし、出力し、構成している。吉田自身がグレープフルーツに投影していた自己と、そこに寄る他者。吉田は解像度を落として成長過程に培われたであろう自己を再認識するために木を構成し続ける。

C

何もないからだよ

松本悠

 本作品は、1型糖尿病になった父親の実体験を元にして制作された。
「これは食べてはいけません。」「毎日食前に注射を打たなければなりません。」 「もし、意識が朦朧として来た時のガイドラインはこちらです。」 「こちらは生命保険のパンフレットです。」
父の生は、医学的な定義の中に閉じ込められていた。糖尿病は、膵臓の機能が低下する病である。糖の吸収を適切に行うことができなくなってしまう結果、過剰に糖を吸収してしまうことで高血糖になる。大抵の場合は、医者に処方されるインスリンという注射で、その機能を代替する。この医学的な延命装置は、糖の吸収の抑制を約束する。しかし、その時々の血液中の血糖量次第では、抑制が過剰に働くことで低血糖になることがしばしばあり、路上でいきなり倒れ込むことなどは日常茶飯時だった。体内の正常化を目指す薬が、逆に危機的状況を生み出してしまうこと。摂取しなければ死に至り、摂取したとしても死に至るかもしれないこと。インスリンと糖、その二つの物質的効果に左右されながら、生と死の間で宙吊りになる形で、父は生き延びていた。朝起きて、何をするにしても、誰と話すにしても、「病気なので」という理由と結び付けられてしまう状況の中、父はどんどんと痩せ衰えていった。父の生は、糖分のバランスといった、物質的作用の中や、糖尿病といった、無念さを漂わせる病名を背負う中にあったのだろうか。
 医学的な延命装置が過剰に作用することで、何度も低血糖になっていた父は、正常な血糖量に戻すために必ず不二家のミルキーを食べていた。 低血糖によって死の間際に立つその度ごとに、他のどの食材をも差し置いてミルキーをひた すら食べていた。合理的に考えれば、絶対ピーナッツバターとか食べた方がいいのに、なぜミルキーだったのか?真相はわからないが、あるとき父は、小さい時から母親に買ってもらったミルキーの飴が好きだと言っていた。
 病気になるということは、他人と共有することが叶わない痛みを、ただ独り抱え込むことだと思う。そこでは、明日の仕事のことも、仲違いしていた古き友人のことも、あれこれの妄想も、一切が断ち切られる。父は、鳥が好きだった。父はあの羽を携えて空を飛びたいと 言っていた。
 現在の私から、過去の父を見ると、一見、医学的な定義の中に閉じ込められ、一切の行動 が病気に結び付けられる状況の中、 彼は全てのしがらみと距離を置きながら、自分なりの生きる道を作っていたように見える。 絶望することも、何かに祈ることもなく、淡々とミルキーを口にする彼は、ある意味で、生 を謳歌していたのではないかとすら思えてしまう。最近、昔から父が机の上で飾っていた天 使を見つけた。なぜかその天使の羽は、片方がちぎれており、決して空を飛べるような姿とは思えない状態になっていた。理由はわからない。ただその天使は安らかな表情だった。

Media

メトロノーム、写真、扉、MP4映像、トルソー、ガラスにレーザーカッター、白熱電球、不二家のミルキー

 Profile

大阪府泉佐野市出身
2020年 同志社大学 卒業 情報科学芸術大学院大学(IAMAS)在学

https://www.instagram.com/yu_tuntun__/

キュレーター|テキスト

親がなった病気は、子も将来的になる確率が高いと耳にする。松本悠はミルキーを食べる。ミルキーを摂るのは、父親のアバターを身体にインストールすることである。松本は、親と子という極めてDNA情報が近い人間同士の味覚のコミュニケーションを行なっている。身体感覚を大切にしながら制作する松本の作品は、自身の実感をエモーショナルに表現する。

D

ごっこ遊びパートⅡ

トミコ

この作品では、ごく一般的な成人女性である妻が、幼児向け玩具であるトーマスを買って一人で遊ぶという架空のものがたりから出発し、人が感じる些細なズレを積み重ねてみようと試みています。

Media

石膏ボード、アクリルガッシュ、音声データ、スピーカー

 Profile

岐阜県出身。2017年より京都写真教室 Tract に通う。

キュレーター|テキスト

婚姻関係にあるパートナーの視点を織り混ぜたトミコの作品は、彼女にとって幼い頃の記憶の中を辿っていくモチーフ「風車」を軸に据え、「機関車トーマス」が狂気的にトミコの中に踏み入る。明るい色彩と淀みが複合し、トミコの中の違和が表出する。トミコの絵の中の「顔」は、トミコとパートナーの黙示的な感情が顔文字のような記号として表出すると同時に、トーマスというトミコの選択したモチーフがトミコの中に侵略し、トミコの「侵略者トーマス」への葛藤が色面となって現れているように思える。

E

コーヒーの苦さが染みる朝には、さようならを

平岡真生

 自分自身の存在意義を再確認する為、SNS 内での偽りのわたしを受け入れて決して 1 人では生きられない愚かな自身を肯定するインスタレーションである。
「ただいま。」
「おかえり。」
というやりとりは”わたし”という単体では成立できない、必ず”あなた”がいないと成立しない言葉である。1 人では完結できなく誰のものにもすることができ ない挨拶はわたしとあなたという存在を認め再確認する行為に思えた。 その反面わたし単体で生きる人を時には苦しめる言葉でもあり、社会の家族やパートナーを作るべきというルールを押し付けられているようにも感じる。 誰もが共通認識の合言葉であるがこの言葉を言い合う相手は限られており親密な関係性にならないと交わされない言葉である。家に帰ってきた時に「おかえ り。」と言われると自分自身を迎え入れてくれる部屋があることに安心感を得られる。
 その言葉を会ったことのない相手と SNS 上の文面で言い合うことに違和感を感じる。
関係性を深めるには長い時間が必要だが SNS 上ではその時間を排除し早めることができる。 携帯で文字を打つとき、打つまでの時間に時差があり、言葉を直接交わす時とは違う時間が生まれる。頭で一度文章を考えてから文章を打つという時間。 その時間はどこかの部屋で 2 人だけでいるように感じる。 直接会わなくても、わたし宛にくるメッセージは自分自身の存在を再確認できる。それはおかえりを言われている時と同じように感じる。 その言葉が持っている意味自体に期待し、文面だけに執着している。 他者の存在を感じられることで自分自身が存在していることに気付かされる。誰かと関わり続けていないと生きていることを感じられない愚かなわたし。 存在するのかも分からない他者によく見られようと、容姿を繕ったり、言葉遣いを気をつけたり目に見えるデータの部分を理想の姿に構築していく。 言葉は人がコミュニケーションをとる中で 1 番分かりやすいツールであるがゆえにその部分だけしか見えていないといった隠された部分を見ようとすること さえ忘れている人がいる。
 誰のものにもすることのできないものを、他者と関わり共有し続け自分のものに近づけていく行為こそが大切なのではないか。
 どこにいるのか分からない離れたあなたと 2 人で 1 つになる為にも、まずわたしと向き合い偽りの自身のことを受け入れながら生きていくことがわたしはわ たし自身でしかないことを忘れずにいられるのではないだろうか。 

Media

透明の待機部屋、机、椅子、皿、カトラリー、風船、卓上照明、ダイヤル式電話器、割れた壺、セパレータ漏斗、水

 Profile

1999年生まれ。
2022年 京都精華大学 デザイン学部 建築学科 卒業
兵庫県出身で現在は京都を拠点とする。
主な展覧会に
“SHAPE OF US”(FabCafe Kyoto/京都/2022)
個展 ”海から生まれる新たな肖像”(京都精華大学Cartoon Gallery/京都/2021)
”抵抗とレゾナンス”〔Resonance and Resistance〕(BnA Alter Museum/京都/2021)など。

https://www.instagram.com/rnqoh
https://www.twitter.com/rnqohh

キュレーター|テキスト

平岡真生は、仮想空間のコミュニケーションにおける人と人の親密性を見つめ、文字情報によるメッセージの不透明さを自身の中にインストールしている。それは何度も繰り返された結果、閉鎖的であるが、他者が視認できる空間を産み出した。平岡の「待機部屋」では、どんなメッセージも受け入られ続ける。それは受容なのか、はたまた崩壊に繋がるのか。部屋からは、危うさが感じられる。

キュレーター

大越円香

2020年 秋田公立美術大学ビジュアルアーツ専攻卒業
情報科学芸術大学院大学(IAMAS)在学

主な展示に、アートアワードトーキョー丸の内2020(東京駅行幸ギャラリー)、SHIBUYA STYLE vol.14~15(西武渋谷店)、IAG AWARDS 2019(東京芸術劇場)、個展「Unaccounted for “ “」 (GalleryTURNAROUND/仙台市)、個展「表層を観測する Observe the surface」(KUNST ARZT/京都市)

https://okoshi20.myportfolio.com

主任講師

山崎 裕貴

美術家、合同会社gallery Main役員。1993年生まれ。
歴史や哲学、情報技術の考察に基づいた作品制作の傍ら、ギャラリーを運営する。主な展覧会に “New Order”(2017/Media Shop Gallery)、“ヘテロゲニウス・マルチコア” 〔Heterogenius Multi-core〕(2021)など。JASON SHIN 所属。

https://www.galleryjasonshin.com/yuki-yamazaki

© 2021 Plot  Art  School by galleryMain

2024
2023
2022
2021